換気扇の調子は上々だ

9月28日は私の父の命日でもあります。

そして今年でなんと20年目になるようで、月日が流れるのは本当に早いなあと思ってしまいました。

今でもたまに、生きていたら私たち家族の生活はどうなっていたんだろうなあと考えることがあります。

私は当時高校生であんまり素直に話をすることも出来ないままだったので後々に後悔する事も多かったように思います。

そしてその事を悲しい事だけではなくて多くの事を学ばせてくれる、気づかせてくれた20年だったとも思います。

冒頭でもし亡くなっていなかったら。。とも書きましたが、きっとそれでもその人生はそれで素晴らしいものだったと思う。そして今自分が送っている人生もとても素晴らしいものです。

今まで色んな土地に住んで色んな人と会って、時には疎遠になったり、でももしかしたらその人たちともまた再会するタイミングがあるかもしれない。

私は自分が進んできた道をそのまま突き進むのか?と思いきや結構ぶっ壊してまたまっさらにして新しい土地を開拓していく性質がどうやらあるみたいで、その度に色々と苦心したりあれこれ悩んだりするんですが。。

自分でもなんでこんな事やってるんだ??!と甚だ疑問に思うことがあるのですが、どうやらそれをやりたいみたいなんですよね。

そのままのキャリアを築き上げていけば良い気もするのですが、更に良く、そして見たこともない風景や人々を見るにはどうすれば良いのかと考えた時私は壊すという事を選択してしまう様です。

そんな事を続けてきた20年ですが(こうして書くと長い!)、やはり父に素直に色々と話せなかった事は後悔の念としてずっと付き纏っていました。

でも、その後悔を手放そうと思います。

その時その時で自分の最善を生きてきたから当時の自分にはその様にしか出来なかった。仕方がないのです。

これは、普段のことにも言えることなのではないかと思う。人にはその人の許容範囲があり、外部から変われ変われと言われて無理やり変えるものではない。その人のペースがありリズムがあるから。。

社会生活の中で葛藤するのはここですよね。それが出来る環境にいることができれば大丈夫でしょうが、範囲外の事を究極的に求められるとそれは苦しいだろう。。それが楽しくて好きっていう人もいると思うので全ての人とは思いませんが。

でも、良いんじゃないかなあ。出来ない時は出来ない。無理な時は無理。そうすればきっとマニュアルに載っているような道だけではなくて独自の道が切り拓けていける。。と思うのです。

少ししんみりした投稿になりましたが、うじうじはやめて自分を容認してまた20年始めるぞ!という感じです。うじうじしまくったからカビが生えてきそうですよ。脱・湿気、目指せ風通しの良い部屋。絶賛換気扇稼働中です。

良い夜をお過ごしください:)

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