超市場

食材を買う時気にかけていることはありますか?

私は原材料や添加物、産地、勿論値段の事も考えながらお店をウロウロしてます。

何よりそのお店の雰囲気が良いか、店員さんが接していて気持ち良いかなどもよく考えています。

私にとっては結構重要事項だったりするのです。

そしてさあ、この食材を買うぞとなったらその中から一品選ぶ時、これは野菜の話になるのですが、美味しそうだな、良い顔してるな(これは魚)と思った物を手に取るようにしてます。

この前スーパーで小松菜を見ていたら色も濃いし、みずみずしい感じの物がありました。

東京都は江戸川区から来ている小松菜。私は都内に住んでいるのですが、やはりここまで配送されるまでに近隣の県より時間がかからないためかフレッシュさが残っていたのだと思います。

スーパーはとても便利で全国のあらゆるところから届いた物が購入できて、その事も本当に有難い事だと思います。

でも、それ故に自分が住んでいる土地では何が採れて何を食べるのが理にかなっているのかを、忘れがちになってしまうデメリットもあるように思います。

この事を述べてだからどうなる?とも思うのですが、あれこれと考える事を忘れないようにしたいと思うのです。

何より感謝していただくのが先決だとは思いますが!🙏

秋刀魚の季節がやってきて嬉しいです🐟

レイヤー・オブ・ライフ

最近のことあれこれ

自転車の空気を入れにいかなければ。。!と考えながらずっと行けなくてこの前ようやく入れに行くことができた。

対応してくれた店員さんはおそらく20代前半の髪がきっとまっすぐにしか生えてこないだろう大きなメガネの男性の店員さん。

「クロスバイクは皆壊れやすいとか言ったりするんですけど、2週間にいっぺんは空気入れてください」とぴしゃりと言われた。空気の入れ方もみっちりと教わりました。

すみません〜とお礼を言ってgoogleカレンダーに空気を入れた日を入力しておきました。

こういう店員さんに出会えると私はなんだかすごーく嬉しくなってしまってしまい、また行くでしょう。

言葉を交わしたのはほんの数分だったけど、自転車が好きなんだというのがダダ漏れしているのがなんとも心地が良いのです。

また、これとは違う件で今度はドアノブが壊れるという事件が起こり、早朝に業者さんを呼んでドアノブを交換してもらいました。

その方もまあドアノブマスターみたいな感じで(まあ、当たり前と言えば当たり前、お仕事だし)作業の一連に惚れ惚れした。あと、道具箱がきちんとしているのも、質問に対して一から十までしっかりと余談を付け加えて説明してくれたのも(笑)、安心感を生むんだなあと改めて思いました。

要は、私はプロの仕事を見るのが好きなんだと思います。

それは技術ももちろんだけど、それより何よりその人が自分の仕事にプライドを持ってやっているのか、を見ているんだと思います。

その人たちを見て自分に言い聞かせてるとこもあるのかもしれませんが。自分の心にぬるい部分があると甘いな、とも思うし、気づけて良かったな、とも思います。

この前、とある方に接していてちょっとムッとしてしまったことがあった。その方は多分、悪気はないのだけど喋り方が荒く怒っている様に聞こえた。後、ちょっと配慮にかけるなあ。。と思う行動もあったりして嫌だな、と思ったのです。

でも私もそこで嫌だなと思って特にアクションも起こすことはなくサラッと立ち去った。でも。。自分の捉え方を切り替えるちょっとした工夫を怠った事を少し後悔しました。私もその時何となく疲れていてそのパワー迄湧いてこなかったのもありますが。

でもその嫌だな、と思った空気って身に纏ってしまうので切り替えようと意識するのも仕事のうちだなと思った。

やっぱり自分が気持ちよくないと周りも気持ちよくないし、その日一日を左右するから。

こういう事があるたびに、やっぱり歳を重ねるってすごい事だと思う。20代の頃には見えてこなかった様なレイヤーが見えてくる。特に私は自分の事でいつもいっぱいいっぱいだったし鈍感だから見えていなかったんだろうなあ。

可能性は無限大、そんな言葉がよぎりました。

生きてるだけで奇跡な土曜の夜

食べ物をお皿の上に丁寧に盛り付ける事が出来ると異様に嬉しい。

写真のトースト、目玉焼きの下にはアボカドが入っているのですが、きれいに輪っかの様にスライスしたアボカドを並べる事が出来ました(うっかり目玉焼きを載せてしまい写真は取り損ね(泣))

今まではダイス状にカットしたものを乗せていたのですがインスタやnote等できれいにスライスして乗せている方のポストを見てやってみました。

そして最近ついにこんまりさんデビューをしました。。!いやいや、あそこまで注目されている理由がようやく分かったというか、眼からウロコといわんばかりになるほど、と思う事が多くて最近ちょこちょこ断捨離をしていました。

私は物を溜めるのがあまり好きではないのでそんなに捨てるものはないと思っていたのですが。。彼女のいう”ときめくもの”に従ってチェックしていったら捨てるもの結構あった(笑)

その結果、空間に余白ができて物をゆったりと置いてあげる事を自分は今までしていなかったのだなあと新たな発見がありました。

というより、自分が心地が良いと思える空間に近づこうとしていなかったのかな?と思った。

それによって何が起こったかというと、心地よく物が並べられていたりするとほんと心が穏やかになるんですよね。食べ物の盛り付けもしかりです。

更に言えば、それをやった自分、エライ。なのです。

ナチュラル系の本ではよく、「ていねいに」という言葉と共に素敵な暮らしを送っている方々が素敵な写真と共に登場していたりしますが、実は私あれを見ると少し白々しい気持ちになる事がありまして。。

きっと性格がひねくれているからなんだと思いますが、きちんと見せ過ぎている印象(作り込み過ぎている)が否めなくてこれはナチュラルと言えるのか?と考えてしまう事がありました。

でもあれって「ナチュラル」というよりは「自分にとって心地よい有様」を表現していると言う方がしっくりくるなあと今回の出来事を通して思いました。

心地よい有様って結構作り込む事でもあると思う。

それが生活していくにつれてだんだんズレたり崩れたりして、その度にまた手直ししたりする。

つまり手をかけるという事が日々とその心にちいさな充足感を生むのではないかと思う。

それをする事で場を好きになるだけではなくそれを決行した自分も好きになれる。そういった好循環もあるのではないのかなあと考えていました。

実際、アボカドがきれいに並べられた時すごく幸せな気分になりました。かなり単純案件ですが(笑)その日一日が気持ち良く過ごせたというか、かすかな心の支えになっているのです。

話はだいぶ飛躍してしまうかもしれないけれど、もし自分が動く事で自分を少しでも好きになれるのなら、自分が幸せかどうかって外側の基準では本当に決められないことだと思う。

「好き=幸せ」という方程式って、「嫌い=幸せ」の方程式より、正しいかはさておき、力強いと思うのは私だけでしょうか。

私はよく思うのですが、「自分は不幸せだ、ついていない、恵まれていない」という設定を自分に課しては絶対にいけないと思う。

自分でそう思ったら本当にそうなってしまうからだ。それによって周りの人達にも「あの人は不幸せそうだ」と思わせてしまう。

ないものに眼を向けるよりはあるものへ、心地の良くないものは心地が良くなるように手を掛けてあげて、自分の手足を少しでも良いから動かしてあげる。いつでも自分の味方でいてあげること、許してあげることをしてあげる、それだけで充分なのではないかなあと思う。

 

しあわせを外側の基準で決める事は出来ない。いつでも自分の内側で基準は決まる。

というかこの時代、生きてるだけで奇跡です。それだけで凄いし今落ち込んでいる人も自分を褒め称えて欲しいなと思う^^

皆さまどうぞ、良き土曜の夜をお過ごしください!

狭間で見る夢

3月に仕込んだお味噌の天地返しをしました。2つ仕込んだのですが1つは酵母がびっしり隅っこに育っていてそのまま混ぜ込みに。

カビじゃないよな。。?と思いながらなめってみると身体が受け付けるお味だったので多分オッケー!

3月からここまでの生活の流れを思い返していたのですが、色々と変化があって結構頑張って走ってた。たまに息切れしてぐったりして休む事もあったけど、その傍らお味噌達はキッチンの片隅でこつこつこつこつ発酵していたんだなあと思うとちょっと胸アツです。

そしてまた別の日には畑に行って秋冬の準備をする為にトマトの収穫に行きました。もう駄目になっているかも。。と諦め気味でいったら見事に実になっていて本当に嬉しかったです。何粒かはもう少しだったのですが諦め春夏楽しませてくれた根っこを引き抜きました。

それから秋冬の土作りに移ったのですが、肥料を少しずつ入れるところをどばっと入れてしまい、なんとか頑張って全体に行き渡るように耕しました。

良く考えれば少しずつ入れれば良いでしょう!と反省。料理する時も粉を液体混ぜる時とかいっぺんにいれるとダマになったりするのにねえ。。いつも私の頭の中は急いでいてディテールを見逃したり素材の気持ちや特性を考えきれていないのです。

でも、土に触って心が少しほぐれました。触っていた小一時間で手から色んな情報を、体感から様々な気づきを得た様でした。

自然の摂理の中で出る結果は時に痛々しく時にとても美しい。色んなごまかしをしようとするのは人間だけで摂理の狭間でいつも揺れている様に思う。でもだからこそ私達は夢を見てはまた覚醒して色んな思いや言葉を形にして行くのではないかと思う。

あやうく一生懸命生きるところだった、よ!

昨日、突然海がみたくなってふらふらと湘南の方へ足を運んできました。しっかりとアーシングもして、少しの時間でしたがより地球の近くへ触れる事ができた良い時間でした。

しかし、あの自然に触れると本当に開放的になれるのはなんなんだろう?と思います。私が今都会に住んでいるからそう感じるだけなのか。

脅威になる時もあるけれどいつも何かを気付かせてくれるそんな存在には変わりないな、と特に最近ゴールデンカムイを読んでたりしてそんな事を考えています(最近口を開けばこればっかりです。だって、面白いんだもの。。!)

その海の近くに住んでいる友人に会いたかったけどニアミスで叶わず。彼女とはとあるセミナーで隣同士だった人でなんと名字も一緒!という事で連絡先を交換した人でした。同じものに興味を持っていてたまたま隣にいて同じ時間を共有していたという、不思議なつながりです。

そしてすごくびっくりしたのですが、自転車やバイクにサーフボードをくくりつけて皆さん運んでいるのです。もう、軽いカルチャーショックでした(笑)あんな部品始めてみました。

その後、帰る前にお茶を飲もうと駅ビルのスタバに寄ろうと思ったらお隣の本屋さんで二冊までだったらスタバに本を持ち込んでも良いよというオファーが出ていたので、イラストに惹かれこの本を手に取りました。

韓国でも日本でも人気の一冊の様で、確かに読んでみると日本の現代人が抱えている悩みや葛藤がそのまま映し出されているようでした。私はその時かいつまんでしか読んでいないのですが、うんうん、と共感できる部分が多かったと思います。近い未来にきちんと読みたい一冊。

暑すぎてあまり頭が回らないのですが、どうぞご自愛ください。

久しぶりに文章を打ち込んで、なんだか変な気分ですが。。なんとか言葉を絞り出せました。秋に向けてちゃくちゃくと心身ともに準備をしっかりしていきたいです。

葉脈の様にみゃくみゃくと

観葉植物の葉っぱの裏側を覗いたら葉脈がとても細かくて綺麗だった。

そして昨日約一年半ぶりにマッサージを受けて、自分の身体の葉脈に新しい空気が流れていくのを感じました。

その帰り道、ずっとやだなーと思っていた事が前向きに考えられたり、なんかぴかーん、きらーんと頭の上にこんな絵が→💡浮かんだ感じでした。

不必要なものは捨ててもっと新しくなっていきたい気持ちでむんむんです。セラピストさんへ、ありがとうございました😊

全然関係ないけど最近藤井風さんの「きらり」が好きです。2021夏🎐暑いのでご自愛ください。動機は愛がいい、きらりー✨🍃


https://youtu.be/TcLLpZBWsck

ここから書く事はその後のアフタートークなのですが(マッサージを受けた後)、身体がほんとに少しずつ反応を示してきてなんだか面白いなあと思いました。暑いのも手伝って身体がぎちぎちで余白がなくなりかけていたのかな、と今になって思いました。

そのセラピストさんは凄く勉強熱心で、おはなししているといつも爆笑の渦に巻きこまれているのであっという間に時間が過ぎ去ります。

もうひとつのアフタートーク。

一時的に日本に帰国している友人が画像にある葉っぱの絵を凄く良いねと言ってくれたのが凄く嬉しかった。

普段お世辞は言わない方なので本気で嬉しかったです。

彼女とは大変な時期を一緒に過ごして支えられて遠くの国同士でも、たまに連絡を取って少しの時間の中で色んな事を共有できる人の様に思う。

そう思うと、支え合う事に距離って関係ないんだなあと思った。

こんなに夏休みらしい夏を送っているのは何年ぶりだろう?(正確には夏休みにはinしていません!(泣)というかフリーランスにはそんなものがない(笑))

けど、メモリアルサマーだなこりゃ🌊

株式会社クラダシ様へ絵を納品しました

社会貢献型ショッピングサイト展開し、フードロス削減やSDGsの取り組みを精力的に行っているクラダシ様へご縁あって絵一枚作成させて頂きました。

クラダシさんのHPはこちらです。

廃棄されるかもしれなかった食品をクラダシさんのショッピングサイトから通常よりもお求めやすい値で購入できるだけでなく、その売り上げの一部が社会貢献団体へ届く仕組みになっています。

今回はそのクラダシさんの活動を可視化するという事で描かせて頂きました。協賛している食品メーカーさんや支援先、そしてその間をつないでいる人、きっと描き切れていない大事な事が沢山あると思います。でも繋がりという点はきちんと表現したかったのでその部分は忘れない様にこころがけていました。

最初しっちゃかめっちゃかでほんとにまとまるんかいな。。と思っていたのですが何とかこの形に辿り着きました。ヒントは電車の路線図です。特にロンドンのtubemapを参考にさせて頂きました。フレームも駅構内で良く利用されているものを選んで額装しております。

この様な貴重な機会と経験をありがとうございました!

野生の本能は今でも脈々と

画像1

私の故郷は岩手県大船渡市というところなのですが、板用肩怒剣舞という郷土芸能があります。

私の母方の実家が板用地域にあり行事があるとこの剣舞を眼にすることがありました。

絵や写真であなたの好きな街自慢をしよう、という公募があって思わず故郷の事を考えた時に自分が生まれた街には何があるだろう?

秋刀魚か?牡蠣か?いやそれとも帆立?と考えていたら頭に浮かんだのはこの剣舞でした。

というわけでこの絵を作成したのですが(結果は。。うううっ😑)

この舞は平家の亡霊を鎮める為との諸説があり、ささらを持った一遍上人が次々と亡霊を浄仏させていくのが格好良いのです。また、いつも不思議なのですが鑑賞していると程良く瞑想状態に入れます。

長く踊り続けられているって事はずっと浄仏を捧げている事とも考えられるんだな、と思ったらちょっと鳥肌たちましたが。

私は戦争を経験したことのない世代であり想像できないところが大きいです。しかも平家や源氏の世界って。。今よりもっともっと人間が野生の本能を持って活動していた時代なのではないかと思うと、この両家の合戦は想像も出来ない位のものだったのでは、と考えてしまいました。そりゃ怨念も枕元に立つよね。。

余談ですが、最近テルマエ・ロマエを観ました(面白かった。。!)傷ついた古代ローマの兵士たちがテルマエ(浴場)で治癒をする場面があります。きっと、この方達は回復が早いんだろうなあ。。野生の力が強いんだろうなあ。。なんて思っていました。

そんな長い歴史がある舞に対して気軽に制作に取り組んでしまいましたが、舞を踊った事がある友人や従兄弟に話を聞いたりして何だか楽しかったです。

(以下のリンクで剣舞が見れます)

https://m.youtube.com/watch?v=Z9jK6DhvMlA&feature=youtu.be

スニーカー/ひと花咲かせよう/言葉は魔法

何年も履いて靴底も減ってきたスニーカーをいま一度綺麗に洗い直してアクリル絵の具を二度塗り致しました。。!

ふう

少し時間をみつけては塗っていました。なかなか無になれて楽しかったです。

なんだか楽しそうだなあと思ったから塗った、というのが本音。。もう使えないかなーと思っていたものが復活劇を遂げるとおおおおお~となるし(笑)

ここから話が少し脱線します。

昨日私道路を自転車で走っていたのですが道も混み合っており人もまあまあ多くなかなか進まない場面がありました。その度に心の中で

おっせえなあああああああああ

と呪いの言葉の様に吐いていました(今更だけど口悪いっす、自分。性格も(笑))

でもですねー、その日の終わりにとある方から

「遅い」

という言葉を頂きました(とほほ。。)

いくら自分が心の中だけで思っていたことだとしても、因果応報の法則でそれはやはり自分に返ってくるものなのだなと思いました。

遅いと思ってしまうのはしょうがない。でもそれをポジティブな方向に転換できなかったのですね。もしくは「信号変わるの遅い!」よりは「信号待ち長いな、一旦落ち着けという事か」だったら感情から少しは離れて物事が見れてるでしょうか。。(無理やり?)

色んな事や人々から学ばせて頂いております、小市民です。

でも今日は「暑い中ありがとうございました!」と爽やかにお声を頂いた一件がありまして心にとてもとても爽やかな風が吹きました。

言葉一つでその日一日がこんなにも左右されるものだと、言葉ってやっぱり使い方を間違うと呪いにもなるし、良い方向に向けばビタミンにもなる。

これからの人生の中でどれだけの言い回しを知り、それをどの様に素直に伝えられるのだろう。

やっぱり言葉は魔法です。

スニーカーの話から大分それちゃいましたが。。!そんな事を思ったので書きしるしておきたいと思います。

週末はお天気が荒れるみたいですが、どうぞご自愛下さい!